第32回異常吸収会議


標記会議が 2002.7.22〜7.26,タートルベイ(ハワイ)で開催されました。以下に会議報告および写真を記します。なお学会誌Vol.79-02月号に本報告のダイジェスト版が掲載されています。

 
北川米喜 (阪大レーザー研)

 ハワイのタートルベイがオアフ島の北端にあることなぞ,そもそもハワイすなわちワイキキであって,オアフ島の北端なぞ私にとって想像のほかである。地図にごらんの様にさきっぽのかたちからウミガメ湾と言うのかぐらいにしかおもえない(Fig.1)。せいぜいウミガメ岩とかがあるのかと思っていたら,会議の主催者も誰も本当のところは知らなかったみたいで,天王寺の池じゃあるまいにホテルのまわりに本物がぷかぷか泳ぎ回っているなんて。ホテルの周りは,歩いては海岸とゴルフ場の他どこにも行けない。1930 年代日米対戦に向けてレーダーサイトを初めて建設したところと,IEEE の記念碑がホテルの海岸べりにある。その割に真珠湾奇襲では有効に働かないでどうたらこうたらとかいてある。いまは山の上にレーダーサイトのドームが2つ3つ見える。会議は,30 数年前にレーザー光の共鳴吸収が異常吸収とよばれて発見された時に始まるのだが,由来電磁波とプラズマの相互作用についてあらゆる事を気楽に議論しようと言うのが趣旨である。レーザーとプラズマの相互作用の数あるうちでも老舗の会議である。老舗はいささか古くさいイメージがあって,最近は個々のトピックスのワークショップに押され地味な存在になっている。  



図1:タートルベイはオアフ等の北端,サーフィンの発祥の地であって
今はむしろノースショアとして知られているらしい。

 

 ことさら国際会議とは銘打っていないし,米本土からでたのはこのハワイが初めてと言うぐらいの地味なもので,参加者100 名前後,口頭,ポスター含めて5 日間で発表件数96である。遮断密度の数%の低密度領域での,誘導ブリユアン散乱とラマン散乱は,依然として中心テーマの一つである。NIF の大スケールのホーラムプラズマでの伝搬中のレーザーの不安定性としての感心は昔からのものだし,超高強度レーザーは超高強度レーザーで相対論場の振幅領域でどう飽和するのかの感心はここ数年来あり,ローレンス・リバモア研,ロスアラモス研など全体として,発表の3分の1を占めると言って過言でない。レーザー粒子加速も相対論的前方ラマン散乱,まさにこれである。  

 ゴードン会議以来の伝統で朝と夜のシングルセッションで午後は休みだから,のんびりしたものかというと,いやいや朝は水泳,口頭発表,昼からはショッピングとゴルフ,シュノーケリングのあと夕方はサーフィン,夜はプレーナリーやポスターとバンケット,忙しいこっちゃと食卓から立っていくやつ。そういえばここはサーフィンのメッカ。いつもこの会議は6月ぐらいにあって,ここで前哨戦をやり,その具合をみてAPS で本番をやり同時に論文にすると言うパターンらしい。今年は,主催者UCLA のウォーレン・モリの都合かなにか知らないが7 月22 日から26 日までである。ユニークなものに感心があつまる。ペタワットと言う言葉がやっとあちこちで聞こえ出したところで,エクサワットのレーザープラズマ相互作用と称して航跡場を議論する人とか,宇宙での異常吸収と称して,高流束のニュートリノと宇宙プラズマの相互作用が,電子流と同じ過程で不安定性を起こすとレビュートークで議論するなど,故ドウソン先生の流れが脈々としている。プラズマ中で,高流束のニュートリノが電子をはねとばして,擬似的に荷電粒子と同じ振る舞いをするからとの話である。ついでに,月曜の夜は最近なくなったジョン・ドウソン先生をしのぶセッションと言うことにしてある。弟子も孫弟子も,門前の小僧も筆者も含めて皆なにがしかの関係者でないものはいない。それにしても必ず見かける顔はリバモアのウィリアムクルアぐらいになったような気もする。フランク・チェンの顔も見なくなった,例のプラズマ物理入門の2 巻を書き上げたとかそろそろ書き上げるとか,クリス・クレイトンが下見をさせられたとか言っていた。

 一時期,ローレンス・リバモア研のデータと言うデータが機密とかいって水面下にはいってしまった時があった。冷戦終了とともにそれがなくなったのはいいが,途端にノバがシャットダウンして結局それ以前のデータも何となく皆の興味から遠ざかっているようなところがあった。そのうち,1995 年頃だったと思うが,リンドルの教科書と言うのが公表されて,あれよあれよという間に,高利得ターゲット実験装置たるNIF の建設が始まってしまった。それが今,ロチェスターの60 ビームの結果と引き比べて,もう一度データーの見直しを議論し,次のNIF の点火ターゲットの設計の精度を高めていこうとするのがいくつかある。リバモア研の理論家ステイブン・ハーンなどは,その一人。あの当時はまだ計算コードが整備されてなくて,と爆縮コア表面の流体不安定性の成長,飽和をX線プローブ光の透過像を観測しながら,計算コードを動かしている。まだまだレイリーテイラー不安定性が制御可能なところまできたとは言えないようだという。さらには,球殻と内側の燃料層のミクシングも解決したとはいえない。リバモアの別の理論家は,かつてのノバのX線分光データをいま来る日も来る日も解析していて,その1部を発表している。ビームの非対称性と流体不安定性の関係をようやく3次元計算で追いかけ始めた。ターゲット表面のでこぼこに対する中性子,分光温度の依存性など。

 リバモアが長らくNIF(国立点火装置)建設で沈黙し,他に大型装置のない今,米国で一番元気があるのは,ロチェスターの0.35μm 光60 ビームレーザーオメガによる直接爆縮実験である。この会議の中でも,ビッグトピックはこれと阪大の高速点火実験報告であろう。NIFへの中継ぎとしても,オメガは誠に旨く機能しているように見える。直接爆縮と同時にホーラムターゲット,クライオターゲットとNIF の宿題をこなしつつある。無理矢理NIF へ突っ走っていささか大丈夫なのかと思っていたものにも,この会議にきて,危惧がなくなるわけではないが,リバモアの根性もみた。リンドルの教科書は戦略の書,ICF 版菊と刀のようなもので,書いてあることは確かだろうが,書いてないことは書いてないので,判断のしようがないと言う危惧と不安である。その部分は我々の手持ちのデータで判断せざるを得ないし,我々には判断できないけれどリバモア研はわかっているのだろうなんて都合よく行くものではない。同じリバモアのラリー・サッターは,オーラル講演で,ホーラムのガスをクリプトンなんぞにすれば,1 ミクロンのレーザーもいけるし,ダイオードレーザーを考えたら,1 ミクロンレーザーをもっとまじめに考えなければならんと言った。

 さて,オメガ爆縮実験では,D3He をCHシェルにつめて,そこから発生する14.7 MeVのプロトンでシェル,ロチェスター言うところのカプセルの面密度の測定を行った。ペトラッソが言う。プロトンが2 つのピークに分かれてでてくる。最初のピークは14.7 MeV,ショック加熱によるもので温度は5.5 keV,そのときの面密度は8〜13 mg/cm2 だが,400 ps 遅れて第2 のピークが12 MeV ぐらいに現れる。圧縮燃焼であって,そのときは,60〜160 mg/cm2 と値の幅が倍近いが,これは,シェルの不均一性のためで,平均すると70 mg/cm2,温度は3 keVという。これからシェルの不均一性は,30 mg/cm2 と評価される。核反応プロトンでシェルの不均一性を評価しようというのは,我々が始めたものではあるが,如何せん,激光のグリーン光10 kJ では,オメガのブルー光30 kJ のようには,D3He を使ってそこまでは見られない。勿論,DDガスを詰めただけの爆縮も,シェルと燃料のミクシングの評価と言う事で発表がある。コンバージョン比,つまり初期の直径と爆縮で縮んだ直径の比が,燃料15 気圧の時は1 次元計算では12〜13 気圧では25のはずが,実験では,いずれも11 以上には行かないということ。コンバージョン比が低いときはその差が大きい。その差は,シェルと燃料のミクシングよると考えた。中性子スペクトルで求める温度が逆に計算より常に1.5 倍から2 倍近く高いのが,昨秋の米国物理学会の発表の時は奇妙に思ったのが,ここでは,それこそミクシングによって燃料の温度が上がった為と説明できるとのことである。クライオターゲットにすれば,コンバージョン比が上がるはずだから,ミクシングの問題はクライオでは緩和される筈と,楽観的である。いろいろ新しく刺激的なデータがでているが,その処理にもう一歩ほしいと思うし,それでどうなのと,核融合と言う目的研究になれてつい口をついてしまうのだが,それは,この会議にそわないのかもしれない。大プロジェクト研究も,個人の奇想天外な研究も同じ俎板で料理してしまう会議なのだから。

 出席者のほとんどはアメリカ人,発表も,ドイツ,フランス,イタリア,スペインなどは,1,2 件ずつ。英国,ロシア,中国は皆無である。一番近い日本はなぜ一人なのかと入れ替わり立ち替わりあいさつ代わりに聞いてくるので,答えに窮してしまう。来ないやつに聞いてくれと言おう。アメリカ人に言われることはないような気もした。バンケットは,ホテルの庭と言っても岬の突端でのフラのショウ付きハワイ料理である。

(2002.8.28 原稿受付)


Fig.2:会場のタートルベイホテル。周囲はなにもない。
このあたりはノースショアと呼ばれて冬の波は10mを越すという。


最終更新日:2003.2.3
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